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「ポスト・リーマン」の知識経営(2)


今年5月、FRBのバーナンキ議長はボストン法科大学の卒業式でスピーチを行った。これは物議は醸した。以下はその焦点部分の抜粋である。

「エコノミスト、そして政策立案者として、これまで私は未来予測に関する多くの経験を積んできました。なぜなら、政策決定において、政策の選択肢がどのように未来の経済の方向性に影響を及ぼすかを予測することは避けられないものであるからです。それゆえ、連邦準備局では経済予測に多くの資源を投入しています。同様に、個人投資家や企業は経済発展の予測を行うことに強い経済的インセンティブを持っています。しかし、残念なことに、その経済予測は惨憺たる結果となることが多いのです。
「天気予報と同様に、経済予測には非常に複雑なシステムを扱うことになります。このシステムはランダムショックを受け、かつ私達が入手できるデータとその理解は常に不完全なのです。ある意味において、経済予測は天気予報より難しいと言えるでしょう。なぜなら経済とは、物理の法則に従って行動する分子の塊ではなく、自分自身で未来について考え、そして自身や他人が立てた予測に影響を受けて行動が変わる人間によって構成されているからです。
「確かに、未来について何らかの洞察を得るために、これまでにみられた関係や規則性は天気予報と同様に経済予測の助けにはなるでしょう。しかし、これらの予測は相当な注意と健全な懐疑心をもって使われなければならないのです。」(原智恵子氏の訳による)

つまり、従来経済学のルート・メタファーであった物理学や数学の限界、いわば決定論的世界観の限界をバーナンキは率直に語ったといえる。どういうことだろうか?
結局、人間の創造性を理解しなければ何もできない、「創造経済」の到来である。そこでは創造的組織、すなわち知識ベース組織に基づく経営が不可欠の課題となるのである。


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「ポスト・リーマン」の知識経営(1)


ピーター・ドラッカーは20年前(1988年)、これからの典型的なビジネスは、知識に基づくものになるだろうと指摘した。

その後、ますます世界は知識経済化をすすめていったが、80年代〜90年代を通じては、依然それまでの工業型経済、それに基づく市場経済が主流だった。つまりモノの生産と流通、そのための投資や消費をベースとする資本主義の時代だった。リーマン・ショックのパタンとは、それまでの典型的な、レバレッジ思考だった。つまり実体以上の需要を想定し、さらにその上に屋上屋を架すようにして投機が行われていった。

ドラッカーの予言は2000年以降明らかになってきた。いま、企業はますます有形資産(工場や機械)ではなく、知識に依存してきている。求められるのは知識に基づく資本主義だ。

ドラッカーは、知識ベースビジネスでは、ナレッジワーカーが自らの方向性や能力を組織や顧客との相互作用から導きだすゆえに、組織は情報ネットワークを基本として形成されるべきだ、と言った。こういった流れの中で企業自体の形態も変わろうとしている。知識をてがかりに経営を考える、それが知識経営の目的だ。

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創造的組織の資質(12)エニアッド(2)
ところでエニアッドについてだが、日本の神社でも九柱の神を祀るのはいたるところにみられる。
宮崎県の高千穂神社は天津彦火瓊々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)ほか五柱の神々を高千穂皇神として祀(まつ)り、三毛入野命(みけぬのみこと)ほか九柱の神々を祀る。

神話には9という数字がよく出てくる。ギリシア神話のヒドラは、一つのからだに九つの頭を持つ想像上の海蛇というか龍。結構残酷にヘラクレスに退治される。同じく九つの頭を持った龍、九頭龍は、密教を守護する神といわれる。

北欧神話の主神にして戦争と死の神、魔術師オーディンは、九夜、槍でわが身を傷つけ、自らを犠牲にしてルーン文字の秘密、九つの魔法の歌を学んだ。

こうした物語は、九の神秘というより、暦法からきたのではないか。たとえば陰陽道で吉凶などを占う九曜星はインドの暦法から起こり、七曜星(日・月・火・水・木・金・土)に羅と計都の二星を加えたものだ。

また、魔方陣ともつながる。いまは数学パズルだがかつては人々が魔力を見いだしていた。中国では3×3の三方陣をもとに九星術占いが成立していった。

3×3の分類は日本文化の分類法で【九品】(ここの‐しな )と呼ばれる。上・中・下の三段階のそれぞれをさらに上・中・下の三つに分ける方法である。たとえば生け花では通常花型は真、行、草の三つに大別されるが、さらにこれらを真、行、草に分けて計九つの型で分類する。
世阿弥は『風姿花伝』で、能の役を、女、老人、直面、物狂い、法師、修羅、神、鬼、唐事の九つに分類している。後世それらは「三体」に集約される。「老体」(閑寂と品位)、「女体」(情緒と幽玄)、「軍体」(激しさと動き)である。

9柱の神々はどうだろうか?下記のように分類してみた。
アトムは始原的創発、デミウルゴスは媒介的制作、フェアリーは混沌的芸術創造である。

    A 創発genesis_B 制作teknee-poiesis_C 芸術art-poiesis
1 始原的___アトム     ___インド(3神)___ゼウス
2 媒介的___フォルトゥナ ___デミウルゴス ___ミューズ
3 混沌的___トリックスター___八百万神   ___フェアリー    



最も基本となる3×3。サンフランシスコ郊外のショッピングモールのウィンドウ。3×3のアート。 (Photo by Noboru Konno)



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創造的組織の資質(11)エニアッド(1)
九つの神々(エニアッド)の創造を、組織の創造のアナロジーとしてみようとしてきた。

こうやって試みてきたのは、「神々の創造」から、組織における「創造」を考える(推論する)ためのアブダクション(飛躍的仮説推論)の手続きである。たとえば、
1)神々のさまざまな創造のエピソードとして伝えられている
2)それは社会文化的にさまざまな創造のスタイルが有効とされたから
3)このような創造のスタイルが社会文化の知となっている
という、ある種の三段論法の形式で示される。

これら九柱の神にはそれぞれ企業の創造の「型」が対応するだろう。

1.アトム=アントレプルナーシップ、独創的起業(アップル、アマゾン)
2.ミューズ=即興性の組織、音楽組織、芸術的感覚の共有(DELL、エレクトロルクス)
3.フォルトゥナ=偶然性、運命を味方にするリーダーシップ(グーグル)
4.ブラフマン/シヴァ/ヴィシュヌ=イノベーション、持続的な破壊と創造(パナソニック、IBM)
5.フェアリー=セレンディピティ、意図された偶然を生む仕組み(3M)
6.デミウルゴス=デザイン、構想力/制作力(アレッシ、ダイソン)
7.トリックスター=価値観転換する戦略(ヴァージン)
8.オリュンポスの神々=宇宙・地球規模のビジョン、科学的創造性(NASA、三鷹光器)
9.八百万の神々=持続的産出を可能にする共同体的組織力(ホンダ、トヨタ)

なぜ9柱の神なのか?
「エニアッド」とは九人組、9つ一組のもの、あるいは書籍の九巻物のことを言う。古代エジプトの神々はその典型である。ただし9という数字は神々の分業を意味しているのではない。どれもがばらばらではなく、相互に関連しあって、全体でひとつである。


ヴァイキングの拠点、デンマーク最古の都市ロスキレ。世界遺産の大聖堂のある近くの泉。 地下からのエネルギーを感じる。(Photo by Noboru Konno)
| - | 09:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(10)創造神-9 農耕的創造神 日本の八百万神
われわれは、日本的な農耕的創造神のはたらき、日本の八百万神の創造力を見落とすことはできない。

しかし、日本的な集団主義的な創造、というのは(あまりにも)よく言われていることだが、それをただ「グループワーク」や「コラボレーション」といった概念と同じ平面で語ることはできない。

グループワークやコラボレーションは、個の創造性をベースにした協調である。そこには「クリエイティブ」な喜び、発見、楽しさなどが暗示される。しかし、日本的なそれは必ずしもそれらと同じではない。したがって単純な日本的集団創造礼賛は危険な匂いもある。たとえば、現場べったりの現場主義と混同されてはならないと思う。

お神楽等の日本の地方の伝統的祭りでは、村や地域で集団で祭りを行って神を呼び、もてなし、もちろん自分たちも酒を分かち合って楽しむのだが、その準備過程は個の創造性の発揮の機会ではない。個は黙々と作業に徹する。

こうした日本的な場の姿は、従来企業の現場でも見られたものだ。トヨタ生産システムの背後にはこうした文化的蓄積がある。トヨタは元来機織業で、すでに江戸期に成熟していた生産システムを組み立て加工に転じたものだ。「トヨタウェイ」にあるように、そこでは現場の暗黙知が基点となる。

日本的、農耕的集団創造とは、現場の暗黙知から生まれる反形式知的な力を、さらに、一件矛盾するようだが、「型」(ウェイ)として形式知化していく、そして文化的に活用するシステムである。

こうした隠れた文化システムの二重性はこれまでも指摘されてきた。根源には現場での経験知を重視し、共同体的に共有する、神道的世界がある。そしてそれをシステム化するのが外来の思想である。たとえば仏教から、西洋文化までそれは連なっている。これを単に静態的に二重性として指摘したのではなく、動態的なモデルとして(暗黙知と形式知の変換としての)説明できたのが知識創造モデル(『知識創造企業』)であった。

これには「場」が大きな働きを持つ。それはシステム的にみれば多元的創造である。八百万の神々がいる。それが年に一度収穫期の10月に集合して総括する。集まるのは出雲大社であり、全国の神が集まって出雲以外には神がいなくなるので10月を「神無月」という。出雲では神在祭を行う。

出雲の「場」の機能とは知の共有、縁の形成である。出雲大社の主神は大黒(大国主神)で、男女、仕事、知識の縁結びの神である。神在祭は神々にとっては祭りでなく「会議」である。大国主神のいる社という「本社」に全国から出張してくるのである。

セブンイレブンの店舗巡回を行うオペレーションズ・フィールド・カウンセラー(OFC)は本社に週に一度全国から集まるが、なんだかそれを思わせる。

こうした集合の場はやはり単純なコラボレーションではない。むしろ、そうした限界を認識したうえで、知識創造モデルを駆動していかねばならない。


出雲大社。神無月にはここに全国から神が集まる。(Photo by Noboru Konno)
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