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<経営>って(5)


福沢諭吉の経営学を追っている。
その「実学」は、ただ実用主義なのでなく、現実の状況において最善を選択する「現実学」に近いと紹介した。

その背後にある「哲学」という観点から、丸山真男は、福沢諭吉が、欧米にあって日本にないものとして洞察したのは物理学と独立精神だ、と指摘している。福沢が批判したのは、表層的な儒教ではなく、社会に潜在していた儒教的なイデオロギーだった。それがよく現れているのが「自然」についての考え方に関してである。

福沢も、福沢が批判した儒教的精神も、共に自然の法則を説いている。
福沢の場合、それは次のような一節に現れている。「福翁自伝」〔1899〕によれば、「元来私の教育主義は自然の原則に重きを置て、数と理と此二つのものを本にして、人間万事有形の経営は都(すべ)てそれから割出して行きたい」としている。丸山の指摘のように、数理のように事物の相補的な側面を共に見る思考の方法だが、その背後にあるのが自然観だということになる。福沢の事業経営はこうした自然の原則に則っている。

しかし、こうした自然に則るという点では儒教も同じだ。
これに対して丸山は、儒教の自然観は自然の内に上下や貴賤という関係を見るものだという。自然のあるように、士農工商や貧富がある、というロジックだ。結局こうした、社会に染み付いたロジックがイデオロギーとしてあったことが、江戸期から明治期への最大の障害だということを福沢は批判したのだったという。

日本の経営ではよく「流れに乗る」ことが大事だという。こうした感覚は欧米企業にくらべ日本企業の方が柔軟だ。しかし、これは福沢が批判した儒教のにおいがする。流れに乗るといっても、それがただ趨勢や体制に流されているのでは、意味がない。
世の中、変革の時代とは言っても変革期以外の時間が9割だ。それゆえ「予測ビジネス」が「時折」誤っても生きながらえている。日々の大方は昨日と同じ時間が流れている。だから鎖国の特はこういうイデオロギーでよかった。しかし問題は1割の変革の時期にどう乗るかである。
いつも通りの日常を肯定して「流れに乗っている」といっても、それは惰性でしかない。いざというときにも「昨日の通り」「前例の通り」と言っている間に時間が過ぎ、知的には死に至ることになる。

こうした日本にありがちの感覚は、福沢の、事物の実相を見抜いて最善の手を尽くすためにその背後に自然の秩序原則を考える、というのとはまったく違うのである。

福沢は自身の実学という方法で生きた。福翁自伝では人生の意義について「官界に力を尽して政府人と共に文明の国事を経営するこそ本意ではないか」と老境を語っている。しかし、こうした反面、学問をいかに人間生活に結合させるか、との実践的態度に支えられた実学は、世の中では逆に廃れていった。

ところで福沢諭吉の自然観はどこから来たのか、知らない。しかし晩年福沢は故郷中津藩の景勝地、耶馬溪に遊んで気に入り、開発を阻止するために私財を投じている。中津藩は、古くは帰化人の里で、北九州最大の神社,宇佐神宮の元宮があったとも言われている。儒教とは異なる、こうした古代からの自然観が影響しているようにみえてならない。
写真は宇佐神宮の境内(筆者撮影)。
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