CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2009 >>
ARCHIVES
創造的組織の資質(12)エニアッド(2)
ところでエニアッドについてだが、日本の神社でも九柱の神を祀るのはいたるところにみられる。
宮崎県の高千穂神社は天津彦火瓊々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)ほか五柱の神々を高千穂皇神として祀(まつ)り、三毛入野命(みけぬのみこと)ほか九柱の神々を祀る。

神話には9という数字がよく出てくる。ギリシア神話のヒドラは、一つのからだに九つの頭を持つ想像上の海蛇というか龍。結構残酷にヘラクレスに退治される。同じく九つの頭を持った龍、九頭龍は、密教を守護する神といわれる。

北欧神話の主神にして戦争と死の神、魔術師オーディンは、九夜、槍でわが身を傷つけ、自らを犠牲にしてルーン文字の秘密、九つの魔法の歌を学んだ。

こうした物語は、九の神秘というより、暦法からきたのではないか。たとえば陰陽道で吉凶などを占う九曜星はインドの暦法から起こり、七曜星(日・月・火・水・木・金・土)に羅と計都の二星を加えたものだ。

また、魔方陣ともつながる。いまは数学パズルだがかつては人々が魔力を見いだしていた。中国では3×3の三方陣をもとに九星術占いが成立していった。

3×3の分類は日本文化の分類法で【九品】(ここの‐しな )と呼ばれる。上・中・下の三段階のそれぞれをさらに上・中・下の三つに分ける方法である。たとえば生け花では通常花型は真、行、草の三つに大別されるが、さらにこれらを真、行、草に分けて計九つの型で分類する。
世阿弥は『風姿花伝』で、能の役を、女、老人、直面、物狂い、法師、修羅、神、鬼、唐事の九つに分類している。後世それらは「三体」に集約される。「老体」(閑寂と品位)、「女体」(情緒と幽玄)、「軍体」(激しさと動き)である。

9柱の神々はどうだろうか?下記のように分類してみた。
アトムは始原的創発、デミウルゴスは媒介的制作、フェアリーは混沌的芸術創造である。

    A 創発genesis_B 制作teknee-poiesis_C 芸術art-poiesis
1 始原的___アトム     ___インド(3神)___ゼウス
2 媒介的___フォルトゥナ ___デミウルゴス ___ミューズ
3 混沌的___トリックスター___八百万神   ___フェアリー    



最も基本となる3×3。サンフランシスコ郊外のショッピングモールのウィンドウ。3×3のアート。 (Photo by Noboru Konno)



| - | 09:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(11)エニアッド(1)
九つの神々(エニアッド)の創造を、組織の創造のアナロジーとしてみようとしてきた。

こうやって試みてきたのは、「神々の創造」から、組織における「創造」を考える(推論する)ためのアブダクション(飛躍的仮説推論)の手続きである。たとえば、
1)神々のさまざまな創造のエピソードとして伝えられている
2)それは社会文化的にさまざまな創造のスタイルが有効とされたから
3)このような創造のスタイルが社会文化の知となっている
という、ある種の三段論法の形式で示される。

これら九柱の神にはそれぞれ企業の創造の「型」が対応するだろう。

1.アトム=アントレプルナーシップ、独創的起業(アップル、アマゾン)
2.ミューズ=即興性の組織、音楽組織、芸術的感覚の共有(DELL、エレクトロルクス)
3.フォルトゥナ=偶然性、運命を味方にするリーダーシップ(グーグル)
4.ブラフマン/シヴァ/ヴィシュヌ=イノベーション、持続的な破壊と創造(パナソニック、IBM)
5.フェアリー=セレンディピティ、意図された偶然を生む仕組み(3M)
6.デミウルゴス=デザイン、構想力/制作力(アレッシ、ダイソン)
7.トリックスター=価値観転換する戦略(ヴァージン)
8.オリュンポスの神々=宇宙・地球規模のビジョン、科学的創造性(NASA、三鷹光器)
9.八百万の神々=持続的産出を可能にする共同体的組織力(ホンダ、トヨタ)

なぜ9柱の神なのか?
「エニアッド」とは九人組、9つ一組のもの、あるいは書籍の九巻物のことを言う。古代エジプトの神々はその典型である。ただし9という数字は神々の分業を意味しているのではない。どれもがばらばらではなく、相互に関連しあって、全体でひとつである。


ヴァイキングの拠点、デンマーク最古の都市ロスキレ。世界遺産の大聖堂のある近くの泉。 地下からのエネルギーを感じる。(Photo by Noboru Konno)
| - | 09:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(10)創造神-9 農耕的創造神 日本の八百万神
われわれは、日本的な農耕的創造神のはたらき、日本の八百万神の創造力を見落とすことはできない。

しかし、日本的な集団主義的な創造、というのは(あまりにも)よく言われていることだが、それをただ「グループワーク」や「コラボレーション」といった概念と同じ平面で語ることはできない。

グループワークやコラボレーションは、個の創造性をベースにした協調である。そこには「クリエイティブ」な喜び、発見、楽しさなどが暗示される。しかし、日本的なそれは必ずしもそれらと同じではない。したがって単純な日本的集団創造礼賛は危険な匂いもある。たとえば、現場べったりの現場主義と混同されてはならないと思う。

お神楽等の日本の地方の伝統的祭りでは、村や地域で集団で祭りを行って神を呼び、もてなし、もちろん自分たちも酒を分かち合って楽しむのだが、その準備過程は個の創造性の発揮の機会ではない。個は黙々と作業に徹する。

こうした日本的な場の姿は、従来企業の現場でも見られたものだ。トヨタ生産システムの背後にはこうした文化的蓄積がある。トヨタは元来機織業で、すでに江戸期に成熟していた生産システムを組み立て加工に転じたものだ。「トヨタウェイ」にあるように、そこでは現場の暗黙知が基点となる。

日本的、農耕的集団創造とは、現場の暗黙知から生まれる反形式知的な力を、さらに、一件矛盾するようだが、「型」(ウェイ)として形式知化していく、そして文化的に活用するシステムである。

こうした隠れた文化システムの二重性はこれまでも指摘されてきた。根源には現場での経験知を重視し、共同体的に共有する、神道的世界がある。そしてそれをシステム化するのが外来の思想である。たとえば仏教から、西洋文化までそれは連なっている。これを単に静態的に二重性として指摘したのではなく、動態的なモデルとして(暗黙知と形式知の変換としての)説明できたのが知識創造モデル(『知識創造企業』)であった。

これには「場」が大きな働きを持つ。それはシステム的にみれば多元的創造である。八百万の神々がいる。それが年に一度収穫期の10月に集合して総括する。集まるのは出雲大社であり、全国の神が集まって出雲以外には神がいなくなるので10月を「神無月」という。出雲では神在祭を行う。

出雲の「場」の機能とは知の共有、縁の形成である。出雲大社の主神は大黒(大国主神)で、男女、仕事、知識の縁結びの神である。神在祭は神々にとっては祭りでなく「会議」である。大国主神のいる社という「本社」に全国から出張してくるのである。

セブンイレブンの店舗巡回を行うオペレーションズ・フィールド・カウンセラー(OFC)は本社に週に一度全国から集まるが、なんだかそれを思わせる。

こうした集合の場はやはり単純なコラボレーションではない。むしろ、そうした限界を認識したうえで、知識創造モデルを駆動していかねばならない。


出雲大社。神無月にはここに全国から神が集まる。(Photo by Noboru Konno)
| - | 00:48 | comments(1) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(9)創造神-8 荘厳な創造神 ギリシャ神話の神々
天体現象について多くがわかってきた現代でも、われわれは夜空を眺めたときに宇宙の崇高なる深遠さに心打たれる。おそらく少なくとも一万年も昔から、人々は、日々に変わる星空に大いに興味を抱いた。石器時代末期には洞窟に星座が刻まれるようになった。

こうした思いをもってイノベーションに向かう組織もある。たとえばNASAなどはその典型だ。宇宙開発関連の業務は、ただ他のビジネスのように、与えられた業務をこなすだけでは成功しない。それはアポロ(光明、医術、弓術、詩歌、音楽、預言、家畜の神)、ジェミニ(双子座)、カリプソ(ホメロスの『オデュッセイア』に登場する女神、アトラスとプレイオネの娘)、ユリシーズ(オデュッセウスのラテン名)などのギリシャ神話や星座、物語にちなんだミッション・ネームからも伺える。

東京・武蔵野にある三鷹光器という会社は社員三〇人、木造二階建ての小さな町工場だが、NASAのスペースシャトル用特殊モニターカメラの技術、脳神経外科手術用の顕微鏡など最先端の光学技術でその筋でよく知られている。

三鷹光器の採用試験では、受験者に竹ひごと紙の模型のグライダーを作らせる。三〇m飛ばさないと、どんなにいい大学を出ていても不合格である。また昼食に魚料理を食べさせどのような箸さばき、骨の残し方を見るという試験もある。この二つは三鷹光器の知の基準を示している。つまり、模型飛行機を作り、それを三〇m飛ばすためには、自然科学と工学の知識、加えて風の状態などを読むための気象・天候の知識、さらに運が必要になる。同社では、精密測定に測定器を用いず、夜空の恒星を基準点として用いるという。彼らの技術の原点は天文学にある。

ギリシャ神話の神々は、天の川に連なる荘厳の世界である。それは、人間のスケールをはるかに超えた、銀河や恒星、惑星に彩られる崇高な創造の物語である。その知やインスピレーションは天空から降りてくる。古代ギリシャはプトレマイオスによる天動説によって天文学の最高峰を極めた時代でもあった。

ギリシャ神話の頂点は、天界の主にしてオリンポスの支配者ゼウスである。ゼウスはさまざまな女神や人間の女と交わって多くの父となった。アレス、エイレイテイア、ヘベ、ヘファイストス、アテネ、ホーラ、モイラ、カリス、ペルセフォネ、アポロンとアルテミス、アフロディテ、ディオニソス、アルカス、ミノス、アルゴス、ペルセウス、ヘレネ、ダルダノス、ヘラクレス、ヘルメスらの父である。

これだけみれば豊穣を生み出す好色な男性神だが、その本質は創造の光を発する太陽神である。創造の光は宇宙からトップダウンで降りてくる。ゼウスはその正体を明かすときがあった。ディオニソスの母、人に化けたゼウスの愛人セメレは人間だった。ある日、老婆に化けたゼウスの正妻ヘラはセメレをそそのかし、もしゼウスが本物なら何か証拠を見せてもらえという。セメレはゼウスに「天上の光」を見せて欲しいと願う。かくして光輝をまとってみせたゼウスだが、その光で人間としての彼女の身体は灰となって消えてしまった。(『ギリシア・ローマ神話』)



大英博物館のアテネ神殿。アテネは都市国家アテナイの守護神であり、ゼウスの頭から武装した姿のまま生まれた。彼女は知性、技術、戦いをつかさどる。 (Photo by Noboru Konno)
| - | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(8)創造神-7 トリックスター神 間違いからの創造
いたずらが度を越して、てんやわんや、挙げ句に世界がひっくり返って---そして新しい世界が立ち現れる...。反秩序的な「トリックスター」が巻き起こす間違いからの創造、これも重要な創造のパタンである。

その代表は、孫悟空。人・猿・神の三つの側面を持つ悟空は、秩序も何も恐れるものなどない。おだてや女に弱く、短気。けれども結果、怪物・妖怪と闘って三蔵法師を天竺に連れて行く。

もう一人はシェークスピアの創作したフォルスタッフ(Falstaff)。『ヘンリー4世』に登場する太鼓腹の老騎士。大酒飲みで、大言壮語をするが臆病者。ハチャメチャで非常識だが陽気、楽天家で、ユーモアの宝庫。

フォルスタッフの名前に隠れているFalseはfaults, false---つまり、失敗、しくじり、はやとちり、悪事、過失、奇行、奇癖、衝動を制しきれずにおぼれてしまう弱点、欠点、欠陥、短所、反道徳、落ち度、手ぬかり....。これらを意図するかしないかを問わず引き起こしてしまうのがトリックスターである。それは機知、機転、狡猾、気まぐれ、悪ふざけなどの資質である。

フランスの人類学者レヴィ・ストロースは、トリックスターをして「人間が世界を把握するために用いる基本的カテゴリーの対立を仲介し、世界についての統一的認識を与えるもの」と定義した(日本大百科全書)。つまり混乱と破壊とともに、神と人間、天と地、秩序と混沌をつないで未知のものを生み出し、新たな秩序をもたらす文化的英雄ともなる。

トリックスターは世界中の神話や民話に登場するいたずら者の神だ。アフリカ神話の野兎、蜘蛛、亀。北米インディアンではコヨーテ、ワタリガラスなどの動物や人間の姿に。ギリシア神話では霊魂を冥界につなぐヘルメス、日本神話では素戔嗚尊(すさのおのみこと)となる。

日本の文化人類学者の山口昌男は、『道化の民俗学』などで、世界は周縁的な要素によって活性化されるという「中心と周縁」理論を基軸に、中心と周縁を転換させる「道化」や「トリックスター」を浮かび上がらせた。

経営の世界のトリックスターは、既存秩序を破壊する創業者たちである。たとえばヴァージン:リチャード・ブランソン。趣味で始めた中古レコードの通信販売が成功し、「ヴァージン・レコード」を立ち上げ、セックス・ピストルズ、カルチャー・クラブ、マイク・オールドフィールドなどのミュージシャンを送り出した。その後航空機会社を設立、英国航空とのバトルはよく知られている。ブランソンは、消費者やユーザーが「虐げられている」(と考える)市場で革命を起こすことを旨としてきた。ヴァージン・コーラなどはその一例だ。


にんまりと笑う『不思議の国のアリス』に登場するチェシャー猫は、トリックスターのキャラクターの典型だ。 (Photo by Noboru Konno)

| - | 02:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(7)創造神-6 デザインする神 デミウルゴス  
デザインが創造的行為であることに異論をはさむ余地はないだろう。しかし、デザインはアートではない。

それはどのような創造なのか?デザインの過程は「無からの創造」ではない。しかしそこからは、ときとしてまだ見たことのない造形やアイデアも生まれてくる。

デザイン事務所、企業のデザイン部門、個人のデザイナー、スタイリストなど、「デザインサービス組織」の創造とは、いかなるものだろうか?

イタリアのデザイン企業アレッシの社長、アルベルト・アレッシは、デザインの役割はアートと産業の調停だといった。デザインの創造は、ゼロからのそれではない。何らかのアート的観念を具現化する限定された創造なのだ。

これはまさにデミウルゴスなのだ。demiourgos とはプラトンの『ティマイオス』に登場する世界をつくる神である。すなわち製作者を意味する。それは旧約聖書の無から有をつくる創造神ではない。最高神(Supreme Being)に従属し、プラトンのいう永遠不変のイデアを手本とし、イデアを受肉する素材を使って、世界を創造したとされる超自然的存在である。またときとして悪の創始者とみなされることもある。いずれにせよ世界の制作(ポイエーシス)は行うが、その役割において限定的なのだ。

フィリップ・K・ディック原作のSF『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 を映画化した「ブレードランナー」には奇妙なキャラクターが登場する。なかでも「レプリカント」(人間の模造である生体アンドロイド)の眼球を制作している中国系の老人は秀逸だ。 この老人ができたばかりの目玉を眺めながら「フォフォ、よ〜くできた」というシーンは忘れられない。彼こそデミウルゴスの化身なのかもしれない。

デミウルゴスは「職人・工匠・建築家」といった意味である。物質世界を創造する「造物主」である。現実界はイデアの似姿(エイコーン)としてデミウルゴスが創造したものである。彼は自らは質料を創ることができない。そこで理性の力や知(テクネー)によって質料を治め、善なる、美しいものを創り出す。

ただし、この神は、二重の性格を持つ。グノーシス主義においては現実とは悪しきものであり、それを制作したデミウルゴスは悪神である。進化論との関係では物議を醸している。つまり生物は進化によってではなく、イデアにおいて制作が行われるからである。ただそれは必ずしも神がすべてを制作したといっているのではない。世界を形成する元型を組み合わせて多様な生命を生みだす、デザインの力をデミウルゴスは表象する。これは古代エジプトのヒエログリフの生命観に通ずると思っている。


アムステルダムの骨董街でみかけた人体部品のレプリカ (Photo by Noboru Konno)
| - | 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(6)創造神-5 インスピレーションの神あるいは低級な精霊
確かに、前回採り上げた「たたら」(古代からの製鉄法)には、創造的破壊を押し進める、何か畏怖すべき力を借りて仕事を為しているようなところがある。しかし同時に、その現場に居合わせてみると、何か多少、いかがわしいような力の作用も感じるのだ。

司馬遼太郎は、「街道を行く(砂鉄の道)」で、たたらの神である金屋子神社は女神だが、若い男や死体を好むというようなことを書いている。火の調子の悪いときなどには「高殿」(炉の屋)の柱に死体をかけていたという伝承もある。いまでも、金屋子神社(姫)には若い男に酒盛りをさせてもてなすという。こうした話は何より、創造・制作の現場での偶然の働きの大きさを象徴しているのではないだろうか。

一般的に「セレンディピティ」とは、思わぬ発見をする能力のことをいう。思いがけないものの発見をする--しかも単なる幸運でも偶然でもなく、何かを懸命に追求する者に、思わぬ発見をもたらすのだ。ただし、それは、必ずしも求めるものとは限らない。何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つけることを指す言葉である。こういったセレンディピティは、ただの「能力」ではなくて、運命の女神とは異なる、妖精(エルフ)の仕業のような、ちょっとしたいたずらのようにも思えるものがある。

とりわけ妖精(フェアリー)、あるいは低級な精霊は、神とはいえないが、人々をハッピーにさせる、偶然をもたらす妖精だ。われわれが知る20世紀生まれの妖精はディズニー映画の妖精、ティンカーベルだ。彼女は花の周りをめぐる、交配を助けるミツバチなどのイメージと重なる。彼女がピーターパンを助けるのだ。実は、ティンカー(tinker)とは鋳掛け屋のことである。原作(1904年初演)のジェームス・マシュー・バリーの戯曲『ピーター・パン』ではティンカーベルは壊れた鍋やフライパンなどを直す、金物修理の妖精である。前髪をひっぱるくせもある。金屋子姫とフォルチュナの妹なのだろうか。ティンカーベルは、ウェンディたちがネバーランドから帰った翌年に死んでしまう。その後ピーターパンはティンカーベルについてすべて忘れてしまう。

セレンディピティは英国の小説家にして政治家、ホレス=ウォルポールが寓話 『セレンディップの三人の王子』The Three Princes of Serendip(1754)から造語したものだ。主人公であるセイロン(つまりセレンディップ国)の三人の王子が行く先々で偶然に助けられ、幸福と勝利を得る話から来ている。ティンカーベルは出てこないが、彼らにも偶然の妖精がついていたに違いない。

妖精としてのセレンディピティは科学者の友である。『化学者たちのセレンディピティー ― ノ−ベル賞への道のり』(東北大学出版会)などがあるように、とくに試行錯誤の過程での、思いがけない偶然が重要なのだ。それは純粋な少年といたずらな妖精の関係を連想させる。ノーベル化学賞を受賞した白川・野依・田中三氏は、いずれも、彼らの発見の元になったのは「実験の失敗」であったという。身近な例では3Mのアート・フライが開発したポストイットがセレンディピティ・イノベーションの典型である。

これらの化学の世界のエピソードはその先祖ともいえる、錬金術(金融錬金術ではない)における黄金練成(アルス=マグナ)のようでもある。天体の動き、気候、ありとあらゆる条件が偶然に揃ったときに金が生成される、という。



花、妖精、セレンディピティはイメージ上の連鎖がある (Photo by Noboru Konno)
| - | 02:07 | comments(0) | trackbacks(0) |