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創造的組織の資質(9)創造神-8 荘厳な創造神 ギリシャ神話の神々
天体現象について多くがわかってきた現代でも、われわれは夜空を眺めたときに宇宙の崇高なる深遠さに心打たれる。おそらく少なくとも一万年も昔から、人々は、日々に変わる星空に大いに興味を抱いた。石器時代末期には洞窟に星座が刻まれるようになった。

こうした思いをもってイノベーションに向かう組織もある。たとえばNASAなどはその典型だ。宇宙開発関連の業務は、ただ他のビジネスのように、与えられた業務をこなすだけでは成功しない。それはアポロ(光明、医術、弓術、詩歌、音楽、預言、家畜の神)、ジェミニ(双子座)、カリプソ(ホメロスの『オデュッセイア』に登場する女神、アトラスとプレイオネの娘)、ユリシーズ(オデュッセウスのラテン名)などのギリシャ神話や星座、物語にちなんだミッション・ネームからも伺える。

東京・武蔵野にある三鷹光器という会社は社員三〇人、木造二階建ての小さな町工場だが、NASAのスペースシャトル用特殊モニターカメラの技術、脳神経外科手術用の顕微鏡など最先端の光学技術でその筋でよく知られている。

三鷹光器の採用試験では、受験者に竹ひごと紙の模型のグライダーを作らせる。三〇m飛ばさないと、どんなにいい大学を出ていても不合格である。また昼食に魚料理を食べさせどのような箸さばき、骨の残し方を見るという試験もある。この二つは三鷹光器の知の基準を示している。つまり、模型飛行機を作り、それを三〇m飛ばすためには、自然科学と工学の知識、加えて風の状態などを読むための気象・天候の知識、さらに運が必要になる。同社では、精密測定に測定器を用いず、夜空の恒星を基準点として用いるという。彼らの技術の原点は天文学にある。

ギリシャ神話の神々は、天の川に連なる荘厳の世界である。それは、人間のスケールをはるかに超えた、銀河や恒星、惑星に彩られる崇高な創造の物語である。その知やインスピレーションは天空から降りてくる。古代ギリシャはプトレマイオスによる天動説によって天文学の最高峰を極めた時代でもあった。

ギリシャ神話の頂点は、天界の主にしてオリンポスの支配者ゼウスである。ゼウスはさまざまな女神や人間の女と交わって多くの父となった。アレス、エイレイテイア、ヘベ、ヘファイストス、アテネ、ホーラ、モイラ、カリス、ペルセフォネ、アポロンとアルテミス、アフロディテ、ディオニソス、アルカス、ミノス、アルゴス、ペルセウス、ヘレネ、ダルダノス、ヘラクレス、ヘルメスらの父である。

これだけみれば豊穣を生み出す好色な男性神だが、その本質は創造の光を発する太陽神である。創造の光は宇宙からトップダウンで降りてくる。ゼウスはその正体を明かすときがあった。ディオニソスの母、人に化けたゼウスの愛人セメレは人間だった。ある日、老婆に化けたゼウスの正妻ヘラはセメレをそそのかし、もしゼウスが本物なら何か証拠を見せてもらえという。セメレはゼウスに「天上の光」を見せて欲しいと願う。かくして光輝をまとってみせたゼウスだが、その光で人間としての彼女の身体は灰となって消えてしまった。(『ギリシア・ローマ神話』)



大英博物館のアテネ神殿。アテネは都市国家アテナイの守護神であり、ゼウスの頭から武装した姿のまま生まれた。彼女は知性、技術、戦いをつかさどる。 (Photo by Noboru Konno)
| - | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(8)創造神-7 トリックスター神 間違いからの創造
いたずらが度を越して、てんやわんや、挙げ句に世界がひっくり返って---そして新しい世界が立ち現れる...。反秩序的な「トリックスター」が巻き起こす間違いからの創造、これも重要な創造のパタンである。

その代表は、孫悟空。人・猿・神の三つの側面を持つ悟空は、秩序も何も恐れるものなどない。おだてや女に弱く、短気。けれども結果、怪物・妖怪と闘って三蔵法師を天竺に連れて行く。

もう一人はシェークスピアの創作したフォルスタッフ(Falstaff)。『ヘンリー4世』に登場する太鼓腹の老騎士。大酒飲みで、大言壮語をするが臆病者。ハチャメチャで非常識だが陽気、楽天家で、ユーモアの宝庫。

フォルスタッフの名前に隠れているFalseはfaults, false---つまり、失敗、しくじり、はやとちり、悪事、過失、奇行、奇癖、衝動を制しきれずにおぼれてしまう弱点、欠点、欠陥、短所、反道徳、落ち度、手ぬかり....。これらを意図するかしないかを問わず引き起こしてしまうのがトリックスターである。それは機知、機転、狡猾、気まぐれ、悪ふざけなどの資質である。

フランスの人類学者レヴィ・ストロースは、トリックスターをして「人間が世界を把握するために用いる基本的カテゴリーの対立を仲介し、世界についての統一的認識を与えるもの」と定義した(日本大百科全書)。つまり混乱と破壊とともに、神と人間、天と地、秩序と混沌をつないで未知のものを生み出し、新たな秩序をもたらす文化的英雄ともなる。

トリックスターは世界中の神話や民話に登場するいたずら者の神だ。アフリカ神話の野兎、蜘蛛、亀。北米インディアンではコヨーテ、ワタリガラスなどの動物や人間の姿に。ギリシア神話では霊魂を冥界につなぐヘルメス、日本神話では素戔嗚尊(すさのおのみこと)となる。

日本の文化人類学者の山口昌男は、『道化の民俗学』などで、世界は周縁的な要素によって活性化されるという「中心と周縁」理論を基軸に、中心と周縁を転換させる「道化」や「トリックスター」を浮かび上がらせた。

経営の世界のトリックスターは、既存秩序を破壊する創業者たちである。たとえばヴァージン:リチャード・ブランソン。趣味で始めた中古レコードの通信販売が成功し、「ヴァージン・レコード」を立ち上げ、セックス・ピストルズ、カルチャー・クラブ、マイク・オールドフィールドなどのミュージシャンを送り出した。その後航空機会社を設立、英国航空とのバトルはよく知られている。ブランソンは、消費者やユーザーが「虐げられている」(と考える)市場で革命を起こすことを旨としてきた。ヴァージン・コーラなどはその一例だ。


にんまりと笑う『不思議の国のアリス』に登場するチェシャー猫は、トリックスターのキャラクターの典型だ。 (Photo by Noboru Konno)

| - | 02:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(7)創造神-6 デザインする神 デミウルゴス  
デザインが創造的行為であることに異論をはさむ余地はないだろう。しかし、デザインはアートではない。

それはどのような創造なのか?デザインの過程は「無からの創造」ではない。しかしそこからは、ときとしてまだ見たことのない造形やアイデアも生まれてくる。

デザイン事務所、企業のデザイン部門、個人のデザイナー、スタイリストなど、「デザインサービス組織」の創造とは、いかなるものだろうか?

イタリアのデザイン企業アレッシの社長、アルベルト・アレッシは、デザインの役割はアートと産業の調停だといった。デザインの創造は、ゼロからのそれではない。何らかのアート的観念を具現化する限定された創造なのだ。

これはまさにデミウルゴスなのだ。demiourgos とはプラトンの『ティマイオス』に登場する世界をつくる神である。すなわち製作者を意味する。それは旧約聖書の無から有をつくる創造神ではない。最高神(Supreme Being)に従属し、プラトンのいう永遠不変のイデアを手本とし、イデアを受肉する素材を使って、世界を創造したとされる超自然的存在である。またときとして悪の創始者とみなされることもある。いずれにせよ世界の制作(ポイエーシス)は行うが、その役割において限定的なのだ。

フィリップ・K・ディック原作のSF『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 を映画化した「ブレードランナー」には奇妙なキャラクターが登場する。なかでも「レプリカント」(人間の模造である生体アンドロイド)の眼球を制作している中国系の老人は秀逸だ。 この老人ができたばかりの目玉を眺めながら「フォフォ、よ〜くできた」というシーンは忘れられない。彼こそデミウルゴスの化身なのかもしれない。

デミウルゴスは「職人・工匠・建築家」といった意味である。物質世界を創造する「造物主」である。現実界はイデアの似姿(エイコーン)としてデミウルゴスが創造したものである。彼は自らは質料を創ることができない。そこで理性の力や知(テクネー)によって質料を治め、善なる、美しいものを創り出す。

ただし、この神は、二重の性格を持つ。グノーシス主義においては現実とは悪しきものであり、それを制作したデミウルゴスは悪神である。進化論との関係では物議を醸している。つまり生物は進化によってではなく、イデアにおいて制作が行われるからである。ただそれは必ずしも神がすべてを制作したといっているのではない。世界を形成する元型を組み合わせて多様な生命を生みだす、デザインの力をデミウルゴスは表象する。これは古代エジプトのヒエログリフの生命観に通ずると思っている。


アムステルダムの骨董街でみかけた人体部品のレプリカ (Photo by Noboru Konno)
| - | 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(6)創造神-5 インスピレーションの神あるいは低級な精霊
確かに、前回採り上げた「たたら」(古代からの製鉄法)には、創造的破壊を押し進める、何か畏怖すべき力を借りて仕事を為しているようなところがある。しかし同時に、その現場に居合わせてみると、何か多少、いかがわしいような力の作用も感じるのだ。

司馬遼太郎は、「街道を行く(砂鉄の道)」で、たたらの神である金屋子神社は女神だが、若い男や死体を好むというようなことを書いている。火の調子の悪いときなどには「高殿」(炉の屋)の柱に死体をかけていたという伝承もある。いまでも、金屋子神社(姫)には若い男に酒盛りをさせてもてなすという。こうした話は何より、創造・制作の現場での偶然の働きの大きさを象徴しているのではないだろうか。

一般的に「セレンディピティ」とは、思わぬ発見をする能力のことをいう。思いがけないものの発見をする--しかも単なる幸運でも偶然でもなく、何かを懸命に追求する者に、思わぬ発見をもたらすのだ。ただし、それは、必ずしも求めるものとは限らない。何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つけることを指す言葉である。こういったセレンディピティは、ただの「能力」ではなくて、運命の女神とは異なる、妖精(エルフ)の仕業のような、ちょっとしたいたずらのようにも思えるものがある。

とりわけ妖精(フェアリー)、あるいは低級な精霊は、神とはいえないが、人々をハッピーにさせる、偶然をもたらす妖精だ。われわれが知る20世紀生まれの妖精はディズニー映画の妖精、ティンカーベルだ。彼女は花の周りをめぐる、交配を助けるミツバチなどのイメージと重なる。彼女がピーターパンを助けるのだ。実は、ティンカー(tinker)とは鋳掛け屋のことである。原作(1904年初演)のジェームス・マシュー・バリーの戯曲『ピーター・パン』ではティンカーベルは壊れた鍋やフライパンなどを直す、金物修理の妖精である。前髪をひっぱるくせもある。金屋子姫とフォルチュナの妹なのだろうか。ティンカーベルは、ウェンディたちがネバーランドから帰った翌年に死んでしまう。その後ピーターパンはティンカーベルについてすべて忘れてしまう。

セレンディピティは英国の小説家にして政治家、ホレス=ウォルポールが寓話 『セレンディップの三人の王子』The Three Princes of Serendip(1754)から造語したものだ。主人公であるセイロン(つまりセレンディップ国)の三人の王子が行く先々で偶然に助けられ、幸福と勝利を得る話から来ている。ティンカーベルは出てこないが、彼らにも偶然の妖精がついていたに違いない。

妖精としてのセレンディピティは科学者の友である。『化学者たちのセレンディピティー ― ノ−ベル賞への道のり』(東北大学出版会)などがあるように、とくに試行錯誤の過程での、思いがけない偶然が重要なのだ。それは純粋な少年といたずらな妖精の関係を連想させる。ノーベル化学賞を受賞した白川・野依・田中三氏は、いずれも、彼らの発見の元になったのは「実験の失敗」であったという。身近な例では3Mのアート・フライが開発したポストイットがセレンディピティ・イノベーションの典型である。

これらの化学の世界のエピソードはその先祖ともいえる、錬金術(金融錬金術ではない)における黄金練成(アルス=マグナ)のようでもある。天体の動き、気候、ありとあらゆる条件が偶然に揃ったときに金が生成される、という。



花、妖精、セレンディピティはイメージ上の連鎖がある (Photo by Noboru Konno)
| - | 02:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
創造的組織の資質(5)創造神-4 創造的破壊神
創造神は、無から有を生み出すというだけでなく、円環的な時間の展開のなかで、破壊と創造を繰り返すといったイメージを持つ。

イノベーションの概念を生んだオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950)は、経済の均衡を打ち破るイノベーションと、それが生み出すダイナミックな経済の姿を打ち出した。その鍵となるのは創造的破壊、破壊と創造である。

いうまでもなくイノベーションは技術だけでなく、組織や市場、企業自体をも対象とする。松下電器は、リストラとグループの主要企業の完全子会社化などによって、新生「パナソニック」となったが、その「中村改革」は「破壊と創造」をスローガンとして断行された。

こうしたダイナミックなリーダーシップは、過去の成功モデルに安住せず、結果的にサステナブルな成長を続けようとする企業にとって、不可欠の要素だ。それはいわば、創造と破壊と維持の法則に則ったものといってもい。そしてこれは、20世紀製造業に共通する基本的な精神ではないかと思われる。製造業ばかりではない、流通等の産業においても業態革新は不可避である。それを失った企業は衰退する。

創造と破壊と維持の法則は、インド(ヒンドゥー教)におけるブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌの三神の役割そのものである。これら三神、つまり創造神(ブラフマー)、破壊神(シヴァ)、保持神(ヴィシュヌ)を一体として考えるのが三神一体説(Trimurti )である。この三神は、創造、維持、破壊をもって世界の本質を明らかにする。

こうした法則は、弁証法の、正(テーゼ、現状)、反(アンチテーゼ、破壊)、合(ジンテーゼ、創造)といったプロセスにも共通するダイナミズムだ。

この三神から連想するのは、モノづくりの現場である。ただしそれは、小手先の技術ではなく、材料との真摯な向き合い、材料に変化を与え(破壊し)、加工し、新しい何かを生み出す創造的プロセスだ。たとえばいまだに伝わる古代の製鉄技術「たたら」は、人間の能力を最大限引き出して行う、破壊と創造の儀式のように見える。(たたらを見守るのは金屋子の姫なる女神であるが)。



「たたら」の最終段階。まだ赤熱の鉄の塊。砂鉄が木炭の火によって三日三晩融解され、近代製鉄技術でも不可能な純度の高い鉄、玉鋼(たまはがね)を生ずる。(Photo by Noboru Konno)


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